上田享司(ウエダ キョウジ)
製薬企業事業部長
医師・医学博士
ダイアログ塾6期生
2016年
入りは割に良かったはずだが、どこか噛み合ってなかった。私の事業部の数字自体は最高だったが、巻き込まれていた渦がデカすぎて手に負えなかった。経験も知恵も足りてなかった。メンバーとの間で、お互いに信頼がないのがわかる。
2017年
変曲点となった一年だった。職場を追われたとか、肩書がかわった、とか表面的なことでなく、もっと内面的な意味だ。自分のことは自分で内省的に見つめられると勝手に思っていたが、自分のことは自分でわかっていなかった。たぶん、受験戦争的な、1980年代的な価値観で生きてきたんだろうと思う。勝ち組とか、ハイパフォーマーとか括って世の中を見ていた。まあ、右肩上がりの世の中が終わり、ゆとり世代の成熟社会となって数十年が経っているが、受け取っていた遺産がおおきくてこれまで長持ちした。でもそれだけだとやっぱり限界はみえてきて、あちこち足りなくなっていた。それでもまだ、足りないのはスキルだと思っていた。
人生の正午というらしい。もっとストレートにいうと中年の危機だが、自分には無縁のはなしと思っていた。午前と午後では光のあたり方が違うし、見え方も違ってくるということだ。人生の前半では、いかに早く、いかにうまく、なし遂げるかを競っていた。勝てる領域を見定めれば、それほど難しくなかった。局面だけの勝負をしていると、当然の帰結として次第に勝てる局面はなくなってきた。
気がつくとダイアログのプレゼンに立っていた。この距離感と熱気は好きだが、足元の床の軋みが気になった。仕事がなくなったことを人前でいうのはそれが最初だったので、相当身構えていた。当然、散々な言われかた。与えられたテーマを考えてもみたが、この状況でなにを話したところで架空の話となって、実感をもった自分の物語にはならなかった。
半分も過ぎた頃合いだろう、集まる仲間のひととなりも知り、数週間に一度、対話に入っていく中で、共通する感覚が生まれてきたことを感じた。すごく素直にテーマをとらえるひともいるし、深読みや反発するひともいれば、自分を表現する好機と受け取っているひともいる。それぞれ置かれている環境も違うし、やりたいことも違う、けどお互いにに面白がっている。上手い下手じゃなくって、率直に面白かった。違うことをそのまま違うと話すこと、どう言おうとそれぞれにそれぞれの考えがあることを表現していた。それぞれが自分のモノサシを持っている。ひとのモノサシを使う必要もない、押し付けることもない。そして世の中のわかりやすい評価基準よりも、なぜ、それをしたいんだ、という問いに向き合うこと、そのものが大事なんだと思い至った。それがひとを面白がらせ、ひとを引きつけるんだと感じた。
午後の光があたるのはどうも「心」らしい。それは対話によって浮き彫りにされるもので、自分自身を表現する真正なものとして姿を現す。思い込みに過ぎなかったことが、語り合うことでかたちあるものに姿を変え本物に近づいてくる。言葉と自分が共鳴し、響かせ、聴くものの心を震わせる。自分ではとてもその領域にはないけど。人生の正午を、こんな環境で迎えられたのは幸運だ。でなければ、それと気付かず為すすべがないか、日々の多忙を理由に対処しきれないのがふつうかもしれない。考える時間も、場所も、その術も用意された。一体どれだけ変わったのだろう。
2018年
できるかぎりの準備を仕込んで、あらゆる側面の変革と組織つくりに取組んだ。まわりも、そして自分自身でも半分は疑いを含んでいたが、進めるにつれそれは本物になった。真正面から取り組んでくれたひとたちはすごく活き活きとしている。いますごくいい状態にある。これほど楽しいと思って仕事につくのはちょっと久しぶりだ。でもこれも道半ばだ。勝っている時に大きな視点から眺めて次の手を打てる者が新しい世界を切り開ける。2017年の蓄えはかなり使ってしまっている。新たな視点は、対話を重ねることで産まれてくるのか、深く洞察することで得られるものか、あるいは先人から学ぶことができるのか、わかりはしないが自分には仲間がいる。一年間一緒に恥をかいた仲間だ、彼らがいるかぎり進む勇気を与えられるに違いない。