2023年秋、私はひとり訪れたバチカン宮殿で、ラファエロの『聖ペテロの解放』 に心を奪われました。ヘロデ王による処刑の前夜、聖ペテロが重い鎖に繋がれた牢から天使に導かれて開放される場面。その闇と光の美しさに言葉を失っただけでなく、この後にペテロがキリスト教の普及にもたらした影響を考えると、希望と解放の力の壮大さに圧倒されたのです。ローマの街に戻りカフェで一息つきながら、なぜ私があの絵に強く惹かれたのか、改めて考えました。そして、9,900Km離れた日本に思いを馳せ、我が国を覆う閉塞感に光を見出し、解放したい気持ちが湧き上がりました。
日本を覆う閉塞感とは何か。私達に覆いかぶさっているものは何か。それは、政治、経済、国際関係、環境、テクノロジー、社会格差、価値観など、様々な問題や課題が複雑に絡み合い、その実体が分かりづらく、多くの人にとって危機的なこととして捉えられづらいように感じます。しかし、この閉塞感をただやり過ごすことは非常に危ういことです。なんとなく分かっているような気になることで、無意識のうちに事実を無視したり、事実を見誤ったりすることが十分にあり得ます。私自身、この日本の閉塞感ということに関しても自分の知識や理解が浅いことに気付かされます。前に進むには、自分が何を分かっていて何を分かっていないかということを区別できることが重要であり、そこからはじめて学ぶべきことが明らかになってきます。
しかし、個人が世の中の全ての事象を知り理解することは、人の脳の機能からしても不可能です。スティーブン・スローマン(アメリカの心理学者)が指摘するように、個人の能力の限界を超えてものごとを理解し成し遂げるには、他者と繋がるコミュニティの持つ知識を活用することが必要です。偉大な科学者達も、以前に発見された知識や知恵があったからこそ新たな境地を拓くことができたと言うように、人類は知識の共有と相互の学びにより進化してきました。私達もいま、大きな変革や進化のプロセスの只中に居ます。
久野塾が知のコミュニティである意義はここにあるのではないでしょうか。皆さんが、このコミュニティでの交流を通じてそれまで自らの目を覆っていた鱗を落とし、自己の限界を解放し、世界をより大きく捉えて前進していくことを願っています。それは、日本の閉塞感を打破することに繋がると信じています。
【ゼミのお知らせ】 3月16日(土)午後に「マクロスコピック・ゼミ」 を開催します。前理事の岡津守男さんを講師に迎え、世界を巨視的に観ながら語り合う時間を創ります。是非ご参加ください。